オフィシャルHPからの引用「略歴」

真澄の創業は1662年。清冽な水と冷涼な気候に恵まれた霧ヶ峰の山ふところ信州諏訪で、諏訪大社のご宝物「真澄の鏡」を酒名に冠した酒を醸してきました。その美味は早くから近隣に知られ、この地で半生を過ごした松平忠輝公(徳川家康の六男)が座右に置いたという逸話も残っています。しかし真澄の酒造りが大きく開花するのには、大正の中頃、弱冠28歳で杜氏となった窪田千里の登場を待たねばなりませんでした。全国の名醸蔵を巡り歩き、試行錯誤を繰り返しながら美酒を追い求めたこの天才杜氏の熱意によって、真澄は昭和18年全国清酒品評会での第一位をかわきりに品評会で次々と上位へ入賞。さらに昭和21年、酒蔵から新種の優良清酒酵母「協会7号」が発見されたことや、時代環境に流されず品質至上主義を貫いたことが重なってその名は次第に酒通の知るところとなったのです。真澄の酒造りを一変させた窪田杜氏は後継者の育成にも偉才を発揮しました。愛弟子として永年総杜氏を務めた久保田良治は、師から継承した緻密な酒造りに独自の工夫を加えて真澄の味わいに輝きを与えました。そして真澄の二つの酒蔵では今、窪田千里・久保田良治の謦咳に触れて育った雨宮正徳と森山哲夫が、温和な笑顔の奥に諏訪杜氏の熱い魂を秘めながら、若々しい製造スタッフたちと共にさらに高い酒質の峰を目指し続けています。 「奇抜な個性を売り物にするな。心を磨き、人を育み、米を選んで、本物だけを求め続けろ。」先人たちが築き上げた真澄らしさを大切に、これからも私たちはただ淡々と歩み続けます。いつの日にか天下の銘酒を醸すことを夢見て。
http://www.masumi.co.jp/